大震災被害状況・原発事故・衆議院本会議

2011年03月18日 16:48

php7bfnkq3月18日。11日の東北関東大地震、大津波から1週間となります。まずは亡くなられた方のご遺族の皆様に謹んでお悔やみを申し上げます。そして命からがら被災され、悲しみのうちに困難な避難生活をおくられている皆様には心より励ましとお見舞いを申し上げたいと思います。

日が経つにつれ明らかになる被害の大きさに全国民が大きなショックをうけています。皆様も、被災地に何らかのゆかりの方がおられ、ご心痛のことでしょう。宮城南三陸町出身の友人は、テレビで津波の状況を見ていて実家が流されるのを見て、もうだめだと思っているようですが、まだご家族の安否は不明です。

17日午後の、衆議院本会議では横路議長の弔詞の後、全員で黙祷しました。この日は災害関係の法律を2本通過させましたが、政府、全国会議員あげての被災者救援と原発事故とのたたかいという、国家の危機をいかに総力で乗り切るか、まさに未曾有のとりくみです。世界が注目していますが、私たち日本人の知恵と勇気が試されているようです。

岩手、宮城、福島の国会議員の中には被災者となられた方も。特に岩手出身の黄川田議員は自宅が流され、ご家族がまだ不明です。

さて、私のところにも次々と現地からの被災状況が入ってきますが、食料や水、物資や医薬品がとどかないこと、孤立している避難所のこと、ガソリン不足で行動できない悲鳴。何よりも1昨日からの雪と寒さが困難を極めています。

壊滅した岩手県大槌町の状況はこのブログでも前回書きましたが、親友はまだ大槌に留まり、壊滅した役場で一緒に働いています。16日夜には衛星電話から支援の要請も。生存者の所在確認作業が進まないことや、亡くなられた方の埋葬の問題も相談されました。

また昨日まで連絡がつかなかった、大船渡・陸前高田で高齢者施設を運営している日本グループホーム協会代表の木川田先生からは、施設の高齢者やスタッフのみなさんが無事で避難していることが判明。胸をなでおろしました。

今日になってようやく仙台からは、訪問看護ステーションの所長さんが無事であることも分かりました。「こんなことでは死なないわよ!」と、案じていた東京の同僚にそう言ったつわものです!しかし訪問看護の利用者さんには亡くなられた方もー。

青森からは、青森側から岩手北部の寒村に支援に入った青森保険医協会の方の現地情報もいただきました。支援の手が全く伸びておらず、困難をかかえている様子です。

八戸など、いくつかの病院からは医療器具やカテーテルなどの不足、医薬品の不足が訴えられています。

病院関係者と連絡を取っていると、今現在の救急救命のための医療スタッフの現地入りは重要ですが、それだけでは手が回らず,患者さんを他県の病院に移送し、長期ケアをそこで受けることも急がれる対策だと思われます。

14日以来、幹事長室にそのことを訴えているのですが、その後、どう進展しているのか。今日になっても具体的に動いている様子がないので、今日はあらためて、私なりの「提案書」を持参して対策本部に行きました。

「今夕、官邸でそれを具体的に議論することになっている」というお返事にちょっとホッとしましたがー。

北海道、首都圏、などの医療機関や高齢者施設で集団的に入院患者さんや入所の高齢者、避難所では困難な高齢者や障害の方を移送し、ケアすることで、いわば震災後の「二次災害(急性増悪や死亡、凍死なども)」が防止でき、生命の安全が確保できるのではないでしょうか?

すでにそのスタンバイをしてくれている病院もあります。受け入れ先と送りだしたい病院のマッチングをするセンター機能は、各県の実情で構築し、移送手段は陸・海・空路いずれでも、自衛隊や既存のもので可能でしょう。

さて、問題は原発事故です。

昨日は本会議のあと、原発に詳しい有識者(当事者)を読んで議員多数で勉強会をしましたが、最悪のシナリオを回避すべく、原発事故の押さえ込みが1日も早く実現することを祈るばかりです。

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