波乱の本会議。宮城県、仙台の被災地に入りました!

2011年04月24日 11:49

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phpuSnkEy4月18日に岩手県の被災地から帰京。19日は法務委員会、20日は厚生労働委員会と法務委員会、そして22日は本会議で法案の採決と国会日程もいつものように目いっぱい。その間に仮設住宅のチーム会議や福島原発問題等の会議と、息つく暇もなし。22日の本会議では、与野党の駆け引きの狭間で、地方分権関係法案で、「地域主権」の文字が法案から削除とか、震災特例税制法案で、ガソリンが3か月連続で160円以上になった時に暫定税率分を止める「トリガー減税の一時凍結」とか、波乱も多々あり。自民党内も民主党内もバラバラ感がみなぎった国会でした。一次補正予算もはやく通過させねば、被災地にはお金がいきません!

4月23日は仙台の被災状況を視察、現状や課題など行政、看護協会、在宅医療や介護事業所の現場と意見交換。地元宮城2区の斉藤やすのり代議士も同行。朝からの雨と強風の天気で、7時羽田発のANA便は、仙台空港に着陸できないときは引き返す、ということで出発。オーストラリアのギラード首相と南三陸町に視察にいらっしゃる松本外務大臣御一行もご搭乗。飛行機は雲の中、3回、着陸をトライして、1時間遅れで何とか仙台に降り立つ。大臣のお陰です!

空港が近づくにつれ雲の切れ間から、がれきの浜や田畑、流された家や車など、被災の状況が視野に入ってくる。空港も何とか復旧したが、まだ完全ではなく、混雑の中にある。

24日の新聞によれば、宮城県は死者8618人、行方不明者6936人、避難者41332人と、岩手同様被害甚大。被害が甚大。特に三陸沿岸の南三陸、女川、石巻、気仙沼、男鹿半島の町村などは壊滅状態で、いまだ手付かずのところもあるという。仙台市も622人の死亡、避難が2200人を越す状態が続いている。

県庁で保健医療福祉の被害や現状について伺うが、沿岸地域は多くの病院が壊滅、いまだ機能を果たせていず、仮診療所や巡回診療で対応しているが手が月届いていない状況と。救急医療の初期対応の時期が過ぎ、今後の長期化する日常診療の体制・対応をどうしていくのか。災害救助法による国庫負担率を全額国で負担とする法改正を!とまず要望される。地域医療計画の見直しや国の地域医療再生基金の積み増し、期限の延長なども要望された。

特に東北の特徴である医療過疎地での大災害だった事から、医師や看護師等の医療従事者の県外流出防止のための財政支援も訴えられる。

宮城県看護協会では上田会長さん、高橋専務理事さんから看護職会員の被災の状況や現地での支援ナースの状況等、また地元の住民の皆様の訴えなど伺う。役員の皆様で被災地を全部回られたという。会員の被災状況はまだ全容がつかめていない。

その中でも、看護職が、自分も被災し、家族も安否不明でも、わが身をかえりみず病院に駆けつけ、昼夜患者さんのケアにあたった使命感の強さとその実践力には本当に頭が下がる。岩手県でもそうだったが、本当に医療者や介護従事者の使命感の強さは、「社会の宝だ」と、さらに思ったことです。

病院では、患者さんそして泊り込んで業務に当たった医師や看護師、職員の皆様の食料を確保することがいかに困難だったか! 昼間、病院勤務で夜になって疲れ果てて避難所に戻っても、もはや食料はなにも配給されない。一人一個よ、といわれると家族が不在の人数までいただけなかったなど、野戦状態のようなお話も伺う。現実にはさまざまな状況があったという。

今後も長期にわたる看護師の支援をどうするのか、協会としても検討中とのこと。日本看護協会から派遣の災害支援ナースの活躍ぶりはここでも評価されていたが、中長期のスキームは、外からのボランテイアではなく雇用と結びつけた仕組みが求められよう。それにしても人材不足が加速しないようしっかり施策をとる必要もある。

さて、仙台往診クリニックの(在宅医療のカリスマ)川島孝一郎医師からは,福島の問題について指摘も。仙台市内の自分のクリニックで毎日、大気中の放射線物質を計測しているというが、今後の健康障害や賠償等難しい課題にどう対応するのか。厳しいご指摘も頂いた。

元気を頂いたのは介護事業者のジャパンケア社でのこと。宮城県、岩手県、福島県にそれぞれ、訪問介護事業所、ケアマネ、通所のデイなどを経営、従業員833人がいる。今回の被災地となった多くの市町村にも事業所があるが、その833人全員が無事で確認され、しかもヘルパーさんたちが自発的に利用者の高齢者宅を訪問、安否確認や救助を行ったという。

ちょうど新設で開所前の宮城野区の小規模多機能施設(施設はできあがっていた)には,多くの被災の要介護高齢者が運び込まれ、避難所と化したが、それも徐々に落ち着いてきたので、混乱の中だったが、4月1に地域の方を招き開所式をささやかにやったという。震災の中の明るい出発にエールを送った。久保田東北本部長の話には、必死でがんばった様子が目に浮かび、そのパワーに励まされる思いであった。

医療や介護がライフラインになっているということが国民に良く理解されたのも今回の大震災だった。

「人間の安全保障」たる医療や介護、子育て支援など社会保障が、大震災の復興財源問題で縮小されていくようなことが決してあってはならない。

被災地の復興計画はまずは地元の市町村と住民の意見を重視し、国会でも、まずは、国のかたちと理念の柱があっての計画、財源議論とならなくては、としきりに思う。

困難を乗り切ろうとしている現地の皆様のお声を受けて、国会議員としてしっかりがんばっていきます!

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